ラベル

2013年12月18日水曜日

更年期と閉経の進化について原著論文を読んでわかったこと

Francisco Ubeda, Hisashi Ohtsuki and Andy Gardner(2013)"Ecology drives intragenomic conflict over menopause,"(pdf) Ecology letters, doi: 10.1111/ele.12208.をざっと読みました。

読んだ感想はといえば、プレスリリースの説明と論文のディスカッション両方共結果と合っていないといったところです。

シミュレーション結果であるfigure2を見る限り、メス分散(父系的)のときには、父親由来の遺伝子による閉経誘導のタイミングが、そうではない(母系的な)群をつくる場合よりも遅れるようになっています。いいかえれば父系社会において、父親由来の遺伝子の観点からすると、母親由来の遺伝子よりことさら早く閉経を促進する適応的な意義が相対的に小さい、あるいはないということになるでしょう。

逆に言えば、母系社会においてオス由来の遺伝子が閉経を促進する適応的な意義があるということになります。そのことを端的に示すのがfigure2(b)で、母系的な集団では更年期が30−43であり、父系集団の60-67よりも早く、そして長く訪れる結果になっています。つまり母系的な集団のほうが父親由来の血縁度と母親由来の血縁度の関係から、それぞれの系列にとって適切な閉経時期がおおきく異なり、しかも閉経する時期が早いということになります。寿命が90年近くあるシャチの閉経年齢が30代であり、このシミュレーションが適切なものであることを予測させます。

なお、ここでいう母系は、複数の家系を持つ群が併存しており、なおかつ外来のオスが複数のメスと継続的にメイティングするタイプということになるでしょう。あるいはオスは群れに居つかないとしても、継続的に通い続けて、歳の離れた妹なり父系的な意味での姪が群れの中に複数いる状態である必要があります。

要するに父系社会の閉経現象は寿命に比して卵子が少ないから生じるものであり、そのタイミングは卵子の残数に応じたものということでしょう。したがって寿命と卵子数の不一致がヒトの閉経における謎という事になるのではないでしょうか。

以上のことを踏まえて、プレスリリースを再度読んでみると次のように書かれています。
更年期より前では、娘が保持する両親由来の二つの遺伝子はともに娘に自ら繁殖するよう促します。反対に更年期より後では、これら二つの遺伝子はともに娘に繁殖の終了を促します。しかしながら更年期では、遺伝子それぞれが自らのコピー数を増やそうとする結果、この二つの遺伝子は娘に対し相反する命令を出すことが予測されます。父親由来の遺伝子は閉経を促します。これは父親由来遺伝子を共有する個体が周囲に沢山いるので、自らの繁殖を止め、そのような近親者の子育てを助ける方が得だからです*。反対に母親由来の遺伝子は繁殖の続行を命じます。なぜなら母親由来遺伝子を共有する個体は周囲にあまりいないので、閉経して他者の子育てに加わることは損だからです。
プレスリリース『女性に更年期が存在する進化的な理由を解明』 (強調は引用者)
繁殖において、*をつけたような現象が生じるのは、メスが分散しない母系社会の特徴です。著者たちの混乱の原因は、メスが自分の血縁者が多くいるところで繁殖するのは母系だけであるという基本的な認識を落としてしまったからではないでしょうか。確かにチンパンジーのような父系社会では、同世代におけるオスの血縁度が高いので、同世代の結びつきが強いという話があります。またオスはマザコンであるとも言われています。しかし群を出た娘の繁殖を助けるとか、群れにとどまる息子が誰かとつくった子供(孫)を育てるとか、息子と連合してアルファメイルにするとかいう話はありません。ゴリラもオランウータンも同様です。その場所から離れて血縁者のサポートが期待できない場所で繁殖するからこそメス分散です。あるいは母系社会にも性的二型があるということを失念したための論調なのかもしれません。

この結果をもって「ホミニゼーションの過程において母系集団を形成した時期があり、現生人類の閉経は適応的と言うよりも創始者効果にもとづいたものである」という主張をされたほうがアグレッシブな論文になってよかったのではないか、などと外野からの応援を述べてしめるとします。
追記(2013/12/26)
参加者のレポートを読んだので簡単に引用しておきます。
shorebirdさんも
(なお,説明はなかったが,この議論が成り立つためにはその娘自体は分散していないことが必要になるように思われる.だからすべてのメスが分散するわけではなく確率的にオスより分散しやすいという状況で,分散しなかったときに起こりうる状況だということだろう.またメスが分散しない場合には,オスの繁殖成功の分散の説明も当てはまることになる.)
2013-12-25 HBESJ 2013 HIROSHIMA 参加日誌 その3
とコメントするように、私が指摘したポイントについて発表者から言及はなかったようです。

2013年12月11日水曜日

閉経(更年期)の進化的要因についてのメモ書き


女性に更年期が存在する進化的な理由を解明』を読んで、著者の人たちに聞いてみたいいくつかのこと。(原著論文を読んだうえでの記事をアップしたので、そちらをごらんください)


・シャチやゴンドウクジラの群の構成と、成人個体の分散様式はヒト科の霊長類と全く異なるものだが、本研究で提示された仮説は前者にも適応できるものなのか?あるいはヒト科特有の条件での解明であるのか。
・娘の繁殖成功ではなく、孫の繁殖成功を優先させるのは、孫世代との近親交配を考えているのか?
・であるなら、今回のモデルは、オスの繁殖成功という観点において、娘個体それ自身の繁殖成功を制限してまで、孫世代の繁殖に貢献させるメリットは、孫やひ孫と繁殖する近郊弱性のデメリットを計量したものになっているのか
・上記に関連して、孫やひ孫をもつ壮年期・老年期のオスの繁殖成功度が、青年期や壮年期の非血縁オスより高いと考えているのか?
・オスの体格について、チンパンジーやオランウータンの繁殖成功の研究において、低順位個体による繁殖成功がそれなりに高いことが示されているが、今回これは考慮されているか?
・そもそもパン族と分岐以降のヒト属の群形態をゴリラ的なものか、あるいはチンパンジー的なものどちらを想定して分析したのか。あるいはどちらでも今回のような結論を得られたのか。


といった感じ。