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2014年2月14日金曜日

書評 :水溜真由美 『サークル村』と森崎和江:交流と連帯のヴィジョン』

本書は、1960年代の労働者による文化サークル運動と社会思想の関係を、男性側の中心人物であった谷川雁や上野英信に対して、女性側の中心人物の一人である森崎和江に注目することで描き出すことを狙ったもの。多くの関係者に対する貴重なインタビューによって、発表された作品だけではわからない当時の状況がみごとに描き出されている。

谷川や上野が中央-周辺の二重構造や地方によって分断された労働者の連帯を主張し、そのためにサークル活動をつなげる「サークル村」をつくりながらも、その枠組みから(炭鉱には女性の労働者がいるにもかかわらず!!)女性を排除しようとしたのに対し、森崎は女性も含めて、そして朝鮮籍の労働者を含めて連帯をつなごうとする姿勢を貫いているのがとても興味深い。このような労働者におけるジェンダーの問題が炭鉱の労働争議以降、森崎がからゆきさんや慰安婦問題に関心をよせていく契機でもあった。

物をもたない周辺化された人々が連帯を構築しようとするとき、いつも亀裂が走り分派してしまう。左派が抱え続けているこの問題の多くが60年代に噴出していたことが明らかにされ、そして今も克服できていないことを痛感する。

高度経済成長によって忘れ去られてしまったこの経験は、今問題になっている派遣労働者と正社員の格差問題、性差別問題、人種差別問題などに取り組んでいる多くの人々にとって振り返られるべきことではないだろうか。一読をお勧めしたい。

『サークル村』と森崎和江 ―交流と連帯のヴィジョン―
水溜 真由美
ナカニシヤ出版
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2014年2月12日水曜日

書評:白川俊介『ナショナリズムの力: 多文化共生世界の構想』


(Amazonに掲載した書評に多少手を加えて再掲する)


(アメリカの文脈で言う)リベラリズムとコミュニタリアニズムの議論を踏まえて、近年英米で主張されているリベラルナショナリズムに基づき、(政治的共同体としての)ネイションの必要性を主張するという趣向になっている。すなわち旧来のリベラリズムは、文化的帰属から自在になれるという自律的な人間観という啓蒙主義に立つことで、人の移動(移民)の自由を認めてきたが、政治的な共同体のもつ枠組みの文化的な偏りを反省すると、ひとびとはネイション単位で生活をしなければ、十分な社会正義を実践することができないと著者は主張している。

なるほど、リベラルナショナリズムと呼ばれる思潮についての議論の整理として本書はよい入門書になっていると思う。しかしながら議論の展開について、全面的に賛同できるかというと、私を含め、疑念を持つ人が多くはないだろうか。

簡単なところから問題点を挙げていこう。著者は従来のリベラリズムを雑居型共生として退けるのであるが、その代替案として棲み分け型共生モデルを(トンデモというレッテルがはられることさえ珍しくない)今西錦司の思想から引き出すのである。しかもその際に今西のダーウィン批判(実際は「クレメンツのclimax theory」批判)を鵜呑みにして、競争型の秩序を批判しており、ダーウィニズムについての常識的な理解として非専門家といえどもまずいだろう。また、今西の「棲み分け」を生態学によって観察された事実として引用しているのならば、自然主義的誤謬であり、規範論的に議論していないのではという疑いを拭えない。今西が「今や国家が棲み分ける時代」という文章を残していることを差し引いても、国境線によって分割される国体と、政治的共同体であるネイションを一致させることの規範論的な含意は別の話なはずだ。

さらに、ネイションの持つ含意が一律すぎて多元的な価値観を認めるにしても同じように棲み分ける主体としてのネイションがありえるのか答えていないのではないだろうか。教育、地域通貨などの経済、他の地方への再分配の拒否といった現在の地方分権傾向や、TPPに代表される経済や防衛におけるリージョナリズム、あるいは地方政治における外国人参政権といった、国ごとに異なる展開を見せているネイションにリベラルナショナリズムが着いて行っていないのではないかという感触をもってしまう。問題にしているのが外国人移民と難民の問題だけであり、非常に不満が残った。

最後に、英米の思想でないことからある種のないものねだりではあるが、ひとつ指摘しておきたい。鳩山由紀夫の「友愛」思想を夢想的な雑居型共生の思想として却下しているが、本来「友愛」はフランス革命の理念であり、ナショナリズム編成の原理にほかならない。鳩山一郎はこれを田辺元から教えられたと言われている。そして今西錦司が「すみわけ」にならぶ原理として主張した「種社会」の元ネタも田辺の「種の論理」にほかならない(『評伝 今西錦司』などを読んで欲しい)。したって今西を持ち上げながら鳩山を否定するのは矛盾した態度という事になる。

多文化主義と両立するナショナリズムの可能性としての「種の論理」については酒井直樹がすでにいくつか論考を発表しているので参考になると思う。私見では「種の論理」はリベラルナショナリズムそのものであり、田辺の研究を進めたほうが、今後白川氏自身の研究の発展に寄与するのではないか。


ナショナリズムの力: 多文化共生世界の構想
白川 俊介
勁草書房
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